2006年2月22日 (水)

泣きそう

飼ってたグッピーが死にました。もともと知り合いに押し付けられるようにもらったグッピーたちだったんですが、さすがに死体を目の当たりにするとちょっと辛いです。

命を責任持って預かれるほど偉い人間じゃないし、死んだ時の罪悪感といったら・・・。別に放置してたわけでもないんですが、何か悪い事したような気がしちゃいませんか?

あの時ああしていれば、だとか、そもそも僕がもらわなければ別の誰かの所で幸せに暮していたんじゃなかろうか、とか。

まあ、死んじゃったものは仕方ありません。冷たいようですが、僕があのグッピーに今からしてやれる事はない訳ですし、忘れる事にしましょう。

葬式は、生きている人が、死んだ人に対する思いにけじめをつけ、その後の人生を生きるために行われるものだと思います。

この「けじめをつける」行為は、忘れる事と同義ではありませんが、人間は割と都合良く忘却する能力を持っています。便利な能力だと思いませんか?

新しい記憶で古い記憶を薄めていくわけです。古い記憶は脳の中でやがて溶けていき、自分自身の根幹に染み込んで消えていきます。無くなる訳ではありません。

溶けて、染み込むんです。

だから、君の死は無駄ではないんだよ。僕は君を忘れるだろうが、薄情だとは思わないでくれ。生きる事は忘れる事だ。そういうものなんだから。

僕が死ぬ時、何か一言遺せるならば、自分の事を忘れるよう伝えたい。そういうものなんだから。ずっと覚えていようとして苦しむ必要なんてないんだから。

真面目なのかふざけてるのか自分でも分かりませんが、俺の今日の精神テンションは、貧民時代にもどっているッ!とだけいっておきましょうか。

シャボンカッターは使いません。

ああ、ヤバイ。とりあえず寝ます。僕、頭が変になっちゃったよ。やった事もない里見の謎ネタ振るくらいにクレイジー。

ま、明日には元に戻ります。実際、罪悪感はあっても悲しいとは思わないんです。悲しい事に。

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